どこに電話すればいいのかわからないよ、君は海の中を泳いでるって言う。
そうだよ真冬の海の中をまだ泳いでるって言うんだ!
それなのに僕に電話をせがんでくるあの時のままの君をどう説得したらいい?
あの事が起こってからみんなは家にしるしをつけたんだ。
過ぎ越しの祭りみたいにここいらの家には聖なるしるしがつけられている。
ここまで、コンクリートみたいな海水がおしよせてきた事へのしるしをつけて我がノアの箱舟を愛おしそうに眺めている。
だけどそれは違うと僕は言いたい、だってそれなら家ごと海に運ばれていった君のほうがずっとノアに近い体験をしているはずだから…
ねえ君は海の中でお茶をしているのかな?
君は窓から魚を眺めて微笑んでるのかな?なんで僕は君を置いて遠い街に出て来てしまったのだろう?
君と一緒にノアの箱舟に乗って二人で漂流したかったよ、君のところにもう鳩は行ったかい?
今頃本当の君は人間の行くことの出来ない山脈でオリーブの葉を手にしているはずだよ。
あんなに毎日の電話を待っていた君よ、僕の頬を伝う涙のしょっぱさは君が飲んだであろう海水のそれと同じかそれ以上に辛いものだろう。
でも辛いものが好きだった君にはちょうどいいのかな…もう約束の時間も存在しない。
時間の向こう側の天国まで、君の事だからまたいつもみたいに寄り道しているのかな?
こんなにも離れた遠距離恋愛はさすがに困っちゃうよ…
だって僕はあの時の君の言霊を聞いてはいても…
もうどこに電話すればいいのかわからないんだから。
散文詩【ノアの箱舟に居る君へ】
