散文詩【Route111名前の無い道】

Route111名前の無い道、神様のところまで繋がっているこの世の道。
交わることの無い三位一体が三つの1で表されてるって、乾季と雨季の狭間で死に絶えたようになってる小さな町でチチャ酒を飲み干しながら囁きあってるアタシたち。
神父に聞いても誰もその真意を答えらえれないの、あの名前の無い道が低所得者用の集合住宅を真っ二つにするみたく横切って、インディオたちの崇拝する山に向かって伸びてるその端っこにアタシの家はあった。
パラボラアンテナを無理やりくっつけたプレハブ小屋、といってももう無くなっちゃったかアボカドかコカ関連の無法者が住み着いてるだけだろうけどね。
ちょっと歩くと山並みを背に工場地帯が続くの、夕日が虹色工場をオレンジ一色に染めている間じゅうキスしてたっけ。
アタシがアタシで居られるのは彼の前だけだった。
モルモットみたいに回るシールの軸を手で操って一日中缶詰のラベルを見続けて過ごす。
ラベルさえ貼れば、レッテルさえ与えればすべては商品化されてしまうの人間てくだらない生き物。
たった一瞬の隙間に抜け出して駆けだして、人間の世界を抜け出してハイウェイの傍に止めてある彼の愛車で行けるとこまでぶっ飛ばすのがアタシたちの楽しみだった。

Route111名前の無い道どこに連れてってくれるの、Route111名前の無い道アメリカなんか行かなくっていい、飲料水販売で大富豪になった地獄行きの猛者たちの豪邸を横目に何処に行けばアタシたちは許されるのRoute111、名前の無い道の先、雨の降らない白い森を越えて何処まで行ったら天国に辿り着けるの。

見渡す限り赤茶けた土と岩肌が続くカアチンガの灌木には死んだインディオの悪霊が宿ってるってママは言ってた。
アイライナーの引き方をこっそり教えてくれたママ、蜂蜜色の肌に合うアイシャドウを教えてくれたママ、彼女の居なくなった家へはもう帰らない。
彼の車から降りると夢が醒めてああ、アタシはRoute111、あの名前の無い道に一人取り残されるの名前なんかない性別なんかないあの存在は居なくなって僕は父親に戻ってドアノブを開ける。
でもさ、それだからって僕には自分が自分でないみたいだと言って余計な出っ張りを切り落としたりする趣味は無いんだ。
身体を抉って穴ぼこを作る(減らすのに作るってのは矛盾してる)気はさらさら無い。
若いころの僕は内向的な少年で部屋で一人メイクをしていた。
今はもうパットもコルセットもウィッグも必要ないんだ。
ムダ毛の処理もしなくったっていい僕は僕のままでアタシになれるって知ったから。
気分を変えたければこっそりハイヒールを履いて未舗装の道を歩く。
土埃だらけになって彼に微笑みかける。
このことを神様は許してくれるって僕は思ってるよ子供は、どう思ってるかわからないけれど僕が嘘をついてすべてを抑えて生きた場合彼が…あるいは彼女が…誰かがこの運命を背負うんじゃないかな虹色の運命を。

ロザリオ…そんな勿体ぶった名前の小さな町へ行く道すがら、灼熱の太陽に照らされて皆が白い貴婦人になりかけてる中、神の手に触れられてしまった人間ってのは結局同じなんじゃないかと窓を開けて考えたよ。
YouTubeで観たんだけどカトリックの聖地で花冠をつけた修道女が微笑んでてさ、それがあまりにも…何て言うか完全過ぎたんだ…嘘過ぎて真実を超えているって言ったらいいのか劇中劇だったんだよ愛に溢れる人生劇のすべてがその一瞬、花冠をつけた修道女の微笑みに宿っていたんだ。
多くの人が微笑む彼女にカメラを向けてた。
恐れを全く知らない永遠の女性を演じるDrag queenもそれに似てる、修道士、神父や司祭といった神に召されている人たち、やたらと自己犠牲的なボランティアマニアなんかも同族に見えるよ。
招きってのは存在する。僕も招かれたんだ僕自身の劇中劇にね。
だって人間の内部には無限に人格が存在する、人は結局なりたいものに瞬間瞬間、なってしまえるんだ僕がアタシになれるように一瞬にして誰にだってなれる。
別の性別を演じるとパワーが溢れてくるけど今はもう違う、自分にはじめっから男も女も子供も老人も居たんだとただ知ったから、メイクしなくったって僕はアタシなんだ聖母マリアの別の一面がサンタムエルテ、恐るべき白い貴婦人であるのと同じように。

名前ってのが人間の一番の発明で一番の愚かな習性さ。人間の在り方にラベルを貼り付けていってそのラベル内では自分が保たれるなんてのはお笑い種だ。
いったいいくつの名前を付ければ気が済むのRoute111名前の無い道。
いったいいくつレッテルを貼り付ければ気が済むのRoute111あなたには名前が無いのに。
そうすれば幸福になれる場所までの道筋が出来上がるっていうのRoute111、名前の無い道を行く。
馬鹿ね誰にも名前なんかないのよこの道にも誰にも何にも病名も診断名も性別のカテゴリーも無いのよアタシ、ほんとは呆れてるの嫌になったのアタシがアタシであることにすらレッテルを貼ろうとして、喜んでラベリングされるような女にアタシはなりたくないの。
オリモノ臭い女なんかになる気はしないのアタシは…僕でいいのよ男のままでアタシなんだもの。
一人の人間がたった一人を演じ続けなきゃならないなんていう決まりはないの。
気持ちの性別を変えると…あるいはすべての性別年齢国籍在り方を自らの内に見つけてそれを発露するとアタシ、何世紀も生きたような気持になるのこれって得でしょ?
みんな何故そうしないの?

今はもうマニキュアもしてないこの指が貴婦人の手に変わり、そして家族を養うインディオの血を引いた男の手に変わる…それでいいんだRoute111名前の無い僕をもっと遠くまで連れて行ってくれないか。
夕焼けが沈むその前に、工場のステンレスを弾いて光は虹色になる。
そこで彼とキスしてるアタシを…僕を、Route111名前の無い道、アメリカなんか行かなくっていい、神様の所まで、虹の彼方までこの祈りだけでもどうか連れてってくれ。