散文詩【ここは歩道だぞ】

「ここは歩道だぞ」と言いたかったが私服のバイク乗りは通り過ぎて行った。
こういう事に関してはキッパリさっぱり言う事を言った方がいいというのが僕の持論で、至極内気な僕自身の性格と相反しているように見えるだろうけれど結構すぐ物を言ってしまう方だ。
とはいえ通り過ぎてった輩をわざわざ追いかけるのもなんなのでそのまま真昼のコンビニへ行くと見るからに田舎出身のボンボンみたいな、20年前とほとんど同じようなダラッとした風を作為的に装った大学生たちがかったるそうに楽しそうに弁当やら何やらを選んでいる。
ああ本当にこれでいいんだろうか?
早々にそこを出て川面を見ると、光が反射して虹を描いている。
目に見えぬほどのガラス質の生き物が早春を味わって日光浴している。
土の中に埋まっているであろう数多の植物の根が浮足立って、地球の中心へ向かってどんどん伸びているのだ橄欖石を超えたら地底は真昼よりも輝いているとどこかで聞いた。
常夜の国は本当は原始の星の生成を再現する誕生の光で満ち溢れている。
馬頭星雲のあたりで生まれた塵が夜間降り注いで天然石に付着し共生する。
人語を忘却し自然に見入っているのは甘えだろうか?
そんな腑抜けた僕の後ろをまたバイクが歩道を走り抜ける。
黙想を邪魔された思いも相まって、おいここは歩道だぞあんた気をつけろよ頻繁にやるようなら…と口元まで出かかったが僕はその言葉を実際には言わず、途中で何故か停まったバイクとその乗り手をじっと見つめた。
それはまだ若者で、ひょっとすると高校生くらいかもしれないが彼の生活の匂いみたいなものがその薄汚れた私服や挙措から垣間見えて僕は口を噤んだ。
僕は自分の同級生を見るように彼を見て…かつての僕自身を彼の中に見て…彼もまた僕の視線に気づいて狼狽えた様子を見せた。
なあ、さっきのFランク馬鹿大学生共と君と、同じ青春をこの春に送っているということなんだよなと思ったら何だか、こんな些細な事をよりによってこの貧相な彼に注意するのに気が引けて何も言えなくなってしまった。
勿論駄目なことは駄目なんだよどんな理由があっても、感情的に変に同情して見逃すなんてのは結果的にこの世の完遂が遅くなる。
第一に見てくれと生活が比例しているかどうかなんて誰にもわからないじゃないか!
注意するってことと人格否定とは異なる行為なんだ…いくらそう思ってみても僕は喋り出せなかったし彼もいよいよ動揺しだしたらしく、とうとうバイクに乗ったまま自転車みたいに地面を足で蹴って哀れっぽく人力でのろのろ進んで歩道から逃れていった。
ああ本当にこれでいいんだろうか?
…と互いに思っていたであろうことは一目瞭然だしこの答えは見つからない。
物事を推敲しその事象だけを取り上げて端的に発言する。
これは容易いが対象者の生活背景みたいなものが見えてしまったときに僕はやはり無口になる。
「ここは歩道だぞ」と言いたかったがバイクが通り過ぎるのを、僕は卑怯にもただ見ていたに過ぎない。