『ポイ捨てする理由…ですか?アルコール禁止なんで外で飲んでるんです。あ、アルコールを禁止されたのはそれがうつ病に悪影響を及ぼすという事からでしたね。これはまあ…俺よりも母親の方が過剰反応しちゃってて、それで禁止されてる感じもあります。ゴミ拾いの人はわからないだろうけどポイ捨て常習犯の心境ってのは、犯っていうのはちょっと自分でも認めがたいんですが…ポイ捨てをしたくてやっているというよりもせざるを得ないって部分もあるんです。図々しいって思うかもしれないけど家で飲めないんですよ。こっちも困ってるんです。一時期…三年くらいかな、自分でもよく頑張ったと思ってるんですけれどもアルコールを一切やめてた時期があって、でも仕事帰りにものすごいのどが渇くんですよ。渇くなんてものじゃないですあれは、中学の時にほんの一時期やってた演劇部の稽古の時に飲み物禁止だったんですけども俺は隠れて飲んでたんです。あの時ぐらいの渇きです。ああいう感じで隠れていつのまにかちょびちょび飲むようになって、高校からは部活とかは入ってないですよ…高校中退しちゃったんでそういうのもあって母親には、俺ももういい歳なんですけどそれ以降ずっと頭が上がらないっていうか…だから外で隠れて飲んだ缶ビールは家に持ち帰れないじゃないですか。家までの道もここ以外はだいぶ遠回りになっちゃうし、そういう訳で仕方なくこの公園のベンチでキリンのどごし<生>とセブンイレブンのコロッケを隠れて飲み食いしてます。そういえばここに一昨年あたりからかな?ポイ捨てしてる奴をみたら通報しろみたいな貼り紙貼られましたけど、これって俺の事かなあと思って、だとしたらやばいやばい、それでのどごし<生>の缶とコロッケのゴミは失礼は百も承知で、裏手の雑木林の中に潜り込ませるようにして隠して捨てることにしたんです。
隠れて食べて食べたものを隠す、俺の人生こんな感じですよずっと。ゼータガンダムのイラストも何故か貼られてますが…これ、幼稚園の時見てました。ターンエーガンダムくらいまではリアルタイムで観ましたね。でも別に思い入れとかはないです。アルコールも人生に絶望して飲んでるわけではないんです。母親には申し訳ないし母親は勘違いしてるみたいですが俺は至って淡々と毎日を過ごしてるだけです。仕事も私服でもいいし、動きやすさ優先でジャージでOKです。やることが決まってるので定時には上がれます給料少ないですけども…実家に居るしローンは親の代で終わってますし、母親の年金もあるし、まあまあの生活なんじゃないかな?ああそうだ、この前母親が言ってました、この辺に早朝ゴミ拾いしてる人が居るって!ああご苦労様って思いましたよ。母親の話ではまだ若い女性だって事ですが母親、もう後期高齢者ですから母親の言う若い人って俺より一回り上の世代まで含められてるので全然期待しない方がいいですね。それでもちょっと気にはなりました正直、彼女が欲しいとかではないですがどんな女性だろうと思ってたら、どうやらそのゴミ拾いの人には何か身体障害があるみたいなんですよ、それ聞いた瞬間ちょっとオエッてなりましたね。一瞬若い女性が俺のゴミを拾ってくれてるんならご苦労様って言おうかなって目論んじゃったんですが、まあそうは言っても話しかけるとか自分ではきっとやらないのもわかってるんですが、妄想が膨らんだんです、若い女性と話す共通点があるなあと思っちゃったんです。で、その膨らんだ妄想にいきなり身体障碍って聞いたので反射的に冷水ぶっかけられたみたいな拒絶反応が出ちゃったんです。勿論何一つ口には出してませんよ俺は…喋るの苦手なので、実際にはただ漫然と母親の話を聞いてただけです。母親は俺がここ数年こうして仕事あがりにキリンのどごし<生>をコロッケを肴にして飲んでるってことを知らないわけじゃないですか。だからこっちも隠している後ろめたさみたいなものがあって、母親の前ではいい子というか…もうかなりのオッサンですけど…いい人をやらなきゃ信用してもらえないみたいな関係なんです。
夜の公園だけが俺が俺で居られる場所なのかなと思ってたんですが、ああいうポイ捨て禁止みたいな貼り紙貼られたり、昨日捨てたゴミがもう回収されたりするのを見ると、俺が監視されているみたいだなと感じたりもします。それでつい、たまにどうしようもなくかっとなって缶ビールとコロッケのゴミを近くの川辺に投げ捨てたりもします。反省してます…だって川は自然の区域じゃないですか、そこに怒りをぶつけるのもおかしいのはわかってます。でも俺は人間の中で誰に対しても怒りをぶつけることを許されていないんです。最後の端っこに居るみたいな気がします。ついに喫煙禁止の貼り紙まで追加されましたよ。タバコまで持ち帰れって言うんですか?携帯灰皿持って吸うんですか?それを毎日せっせと空にしなくちゃいけないんですか?ああ…窮屈だなあと思うんです。別に何かに強烈に怒ってるわけじゃないんです。でも怒りって言うのか暴力衝動っていうのか、これをずっとずっと抑えなきゃならない、特に俺みたいな人間の中で一番端っこの奴は会社の人に対しても、母親に対しても、良い人でいなきゃいけないし何かを指図したりも出来ないので全部黙って聞くしかないじゃないですか。そういう抑えられたものの発散場所がこの公園だったってことに過ぎないんです。抑えられたものが唯一、キリンのどごし<生>に宿ったというのかな…ゴミ拾いの人には感謝してます、感謝は一応しています、でも…世界に全くひとつもゴミが落ちないなんていう状況を作り出したいならただ拾ってるだけじゃたぶん永久に綺麗な場所は作れません。全部の人間にある程度の発露の場所を与えない限りゴミは投げ捨てられます。だってポイ捨てゴミやありとあらゆるゴミは詰まるところ、人間の整合性のとれないやりきれない部分なんです。責められてる感じもしますね。
ゴミ拾いとかをやってる人はゴミっていう目の前の物体だけに固執して俺みたいな人間の言う事は聞きもしなさそうな気がします。大体、もっと責めるべき人間って沢山居ると思うんですよ。俺は一応働いているし借金も無いし、ニートや引きこもりとかどうしようもない状態なわけでもないし、それに悪いことをやってる人間って、ポイ捨てよりもずっと質の悪い事をやってる奴ってもっと他にいますよね?タバコの吸い殻捨てるのがそんなに悪いことですか?ゴミを捨ててるところを見たら警察呼べって貼り紙した人はポイ捨てする奴が諸悪の根源だとでも思っているのでしょうか?もっとも、ポイ捨てしてる俺が言うなって話ですけども…結局ゴミ拾いしてもらってるので文句を言う筋合いないんですけどね…ん?誰かこっち来ますね…え?こんばんは?俺に話しかけてる…?男、ですね…一瞬件の若い女性かなあって願望が声を聞き届けるよりも先に混ざりましたが完全に、男でそれもかなり野太い声。陰みたいな人だなあ。ああ、高校時代俺を虐めてきた奴等のことを思い出してきちゃった、中学の時演劇部に一時的に入ったのも自分の喋り下手を治せるかなと思っての事だったんですが結果…撃沈しましたね。嫌だなあ高圧的に話しかけられるのは、彼は誰なんだろう?あっ…もしかしてゴミを拾ってた女性の話は母親の勘違いでひょっとするとこの声のデカい男こそが俺の捨てたゴミを拾ってたのかな?あああどうしようどうしよう??
今更ですが拝啓ゴミ拾いの人へ、いつもすみませんでした。こちらにもこういった事情があって雑木林や植込みの中にキリンのどごし<生>の缶やコロッケのゴミを捨ててたんです、早めに謝った方がいいかなあ…ああ、どんどん近づいてくる…。』