散文詩【俺は君が嫌いだ】

「貴方は綺麗だから」

って言われるのが実は俺は大嫌いなんだ、でも昔から言われるんだ俺は、貴方は綺麗だからって何度も何度も、幾人もに言われ続けてるんだ。
その言葉を投げかけられると、心の何処か芯の部分で火花が散るんだ、俺にしか見えない火花が散るんだ。
綺麗でいることって、何かが弱いみたいで、人間的な苦しみをまるで知らないで生きている馬鹿な奴みたいで、俺はそう言われる度に相手を秘かに憎むんだ。
だから実は憎んでいる相手というのは結構居る…相手は気付かないけれど、「僕」は笑ってるから。
俺の気持ちなんか気付かないけれど、「僕」は誰も憎んでいやしない、そういう顔が俺は出来るからこの商売が上手く行くんだ、俺は君が嫌いだよ。
俺は、貴方は綺麗だねと言って自分を棚に上げてる君を嫌いだけれど、君は気付きもしないんだ。
苦しみが欠けているってことが、恥ずかしい事だとこんなにも切実に思っている俺の事は、誰も気付かないんだ、誰も俺の事は気付かないんだ、苦しみが欠けているのが苦しみだなんて事は、誰にも理解出来やしないんだ。

「貴方は一枚の絵みたい、とても綺麗で私には到底辿り着けないんです」

って言葉で言うのは簡単だよ、いいよ、何の決意も無くそう言いたいのなら…俺はね、怒りを感じてもそれを何処か余所へやることが出来るんだ。
心の何処かで、俺が余所だと思っている広大な場所で火花が散っても、少なくとも、「僕」の顔に怒りは出ないから。
俺の顔に浮かぶのは焦りと気恥ずかしさだけなんだ、どういうわけだか昔からそうなんだ。
顔が赤くなるのも昔は嫌だったよ…でもそれが人間関係に於いて功を奏するだなんて、思いもよらなかった、商売に利くとは思いもよらなかった。
人間はね、自分が見たいものだけを見たいんだ、自分よりも美しいもの、自分よりも綺麗なもの、汚れていないもの、純朴なもの。
怒りや苦しみ、他人を見下す気持ちが「僕」の顔に表れなくて良かったよ。
たとえそれが、俺を余計に孤独にさせているとしても。
本当に誰も俺の事を見ていないんだなと俺は、働いていると心底気付かされるんだよ、ここにこうして座していると俺を仙人か何かだと本気で思い込む奴らが居るんだ。
つまりそれは、仙人が居てくれたら良いなあという誰かの願望でしかないんだ、俺は人の願望を演じているに過ぎない。
そうだよ、君だって願望を見ている、君は俺なんか見ていやしないんだ、誰も俺自身を見ていやしないんだ。

俺は誰かの思想や創作に真に触れたと感じた時ほど反発するんだ、何故かって?
それは、その作品を生み出した人間が赤の他人だからだ、こんなにも共感出来るのにやっぱり他人だから、最後の一線のズレを酷く不快に感じてしまうんだ。
…どうしてこんなにも離れているんだろう…そう感じるんだ、だから批判が起きるんだ。
つまり、綺麗だ綺麗だと言って相手を持ち上げているうちは、相手の人間性や、本当にその作品を理解した事にはならないって俺は思うんだ。
綺麗なお花の絵でも見てうっとりしている状態に過ぎない、それは他者を見ているんじゃなくて、ただの綺麗なものへの憧れを見ているに過ぎない。
ああそうだよ、誰も俺をまともに批判しない、誰も俺を見ない。
何処へ行っても、何を書いても、どんな作品を出そうと、俺は批判されない、俺はいつでも「他人の願望」止まりなんだ、「異質な未知のもの」にはなれないんだ、それが今の俺の限界なんだ。
この悔しさが君にわかるのか?決意の無い君にこの悔しさがわかるのか?

俺は君の人間性も綺麗だとは思えない、確かに君は汚いよ…君がこの言葉にどんな反応をするのかは俺にはわからないけれど。

君が「僕」の書いた文章を、立場のある「僕」としての文章を目にする機会はあるかもしれない、でも俺の独白を君が読むことは無い。
だって、俺の独白を君が読んでも、きっと君は俺を綺麗だと言うから。
皆が俺を綺麗だと言うから。
そして俺は心の何処かで、自分では怒りを取り去ったと思い込んでいる何処か小さな場所で、強烈な火花を散らし続けるんだよ。
その火花は俺自身から吹き出ている、だからいつも痛い思いをいているんだ、綺麗だと言われる度に痛い思いをしているんだよ、誰も知らないけれど。
綺麗だねって言われる度に、いくら俺の本音の本音を吐いても「綺麗だね」って言われる度に俺は、相手との間に永久に溶けない氷の一枚岩が在るように感じるんだ。
氷の一枚岩はこの火花を一枚の絵にしてしまう…氷を隔てた向こう側から俺の火花を見たら、まるで薄っぺらいただの綺麗なお花の絵みたいにしてしまう、そうだよ、相手から見たら俺の苦しみなんてものは綺麗なお花の絵みたいなものでしかないんだ、俺は、それがいつも悔しいんだ。
俺は醜さが欠けているんだ、それがいつも苦しいんだ、我慢ならないんだ。

でも「僕」は笑って言うんだよ、「ありがとう」って、「綺麗だって言われるとちょっと照れるなあ」とか何とか、自分でも驚くほどどうでもいい事を言って俺は笑うんだ、こうすれば綺麗だろうなって投げやりな気持ちにすらなりながら俺は笑うんだよ。

そういうわけで俺は、「貴方は綺麗だから」って言う人間を実は大嫌いなんだ、だから俺は君が嫌いだよ、君は気付きもしないけど、俺は君が嫌いだ。
俺の涙に気付かない君を、俺の苦しみを見抜けない奴らを、俺は嫌いなんだ、誰も気付かないけれど。