夢を売っているって俺が言ったらあんたは信じるか?これは嘘でも何でもない、正真正銘の真実だ、俺は夢を売って生計を立ててる。だってアンティークってのは夢を見る道具だ。
この、ある意味大陸一の古道具屋で品物を見てお客は勝手に夢を見るんだ、四半世紀前の何の役にも立たない瑪瑙の風鈴だとか修復済みの蓄音機、とある殺人鬼愛用のソファー、人間の生皮で作られた鹿のはく製をかたどったもの、本物のオニキスで出来た石の貞操帯やら、かの高尚な修道士が悪魔祓いに使ったベネディクトの黒い十字架、悪名高い娼婦の使い古しの下着…もっともこれを履いていたのはそのお客である殿方らしいが…まあこういう事も含めて嬉しがる客と言うのが居るんだ。驚くだろうがこの広いガレージは三棟も続いていて、こないだは飛行機まであったんだ、その飛行機は祖父母や曾祖父母の代に腹に爆弾を詰め込んで有色人種たちの住まう街々を木端微塵にしたって話だ。それを改造して改造して、もう外観からじゃ原型をほとんど留めていないんだが…なんとそれを買ったのは件の爆撃を受けた国の黄色い旦那だった、おいおい、あんたのじいさんばあさんはこの機体に散々いじめられたんだぜ?って忠告しようとしたけど、まあ実際の俺は笑いを堪えて売り払ったよ。国を捨てて大陸に来た人間、しかも成金ってのはどいつもこいつもこんなもんだ、年を食えば食うほどに祖国は空想じみてくる、たまに祖国に行くと帰国したのに居場所が無い、で、勝手にだんだん国を憎むようになるんだ、あの国には自分は合ってなかった、だから手に入れたいもんがたとえ祖国を爆撃した代物だろうと知るもんか、なんならまた爆弾を積んで飛んでやる、くらいに考えているんだ、それを強さだと勘違いしているんだな…俺にとっては上客だ、夢は時に悪夢ですらあるんだ、それを買う人間も居るってことだ。
ここには祖国を捨てた人間しかいないんだ、祖国ってのはこの大陸じゃなくて血筋とか古いしきたり、つまりはまあここにあるどっかの誰かの手垢まみれの、幾世紀も昔のロザリオみたいなもんだ。これがどこの国のものなのかと考えるのと同じような塩梅で我々は祖国を考える、俺はあの大陸から来たんだとか、俺は白人に奴隷として買われてきたんだとか、俺は貴族だったとか…で、たまに祖国を見に行くんだ、勝手に夢を見ながらな、ここにある聖者のロザリオが本当は男色まみれの修道会で使われてたものだなんて部外者は知る由もないんだ。祖国への望郷の旅に行った人間は大抵は失望して帰って来てはみんな口を揃えて言うんだ、あの国には自分は合ってなかった、抑圧されているみたいで居心地が悪かった、あの国は遅れているけれどここは進んでいるってね。俺は頷いてやるんだよその言葉に、その夢を俺は肯定してやるんだ、そうすると現実では見れなかった夢の続きをお客はますます追い求めるようになるって寸法だ。実際にはガラクタでもお客の目には宝物に見える、それが殺人の道具だろうとどっかの農夫が使ったただの避妊具だろうと、砂糖黍畑の大地主が黒人奴隷を躾けるために使った血を吸った鞭だろうと、古き良き時代を誰もが思い浮かべる。夢を見るための媒体はどうだっていいんだ、それが綺麗であれば売れるというわけでもない、一癖二癖あったほうがよほど嬉しがるんだから、まったく、お客って奴は狂ってるとつくづく思うよ。
悪夢でもいいからそれでも夢を見たい…お客の言い分はこうだ、俺はその手伝いをする。確かにお客の中には思想的抑圧を受けたであろう人間が多い。お粗末な絵の描かれただけの錆びた鏡を見ながらため息をついて「これでも私は昔絵を描いていたんだよ」なんて語りだす奴らの多い事多い事多い事。壁に絵を描いてこっぴどく叱られたのか、絵を描くたびに「うちにはそんな余裕ない」と呪文のように唱えられ続けたのか、はたまた家が狭すぎてキャンバスが置けなかったのか、その憎しみと憧れで、心を一枚一枚玉ねぎをめくるように剥いてゆくとその実四苦八苦している。理屈はよくわからないがここに来る連中は、生まれながらの富裕層ではなく成金が多い、夢ってのは文字通り夢想や空想でいいと割り切っている連中だ、金は出すから自分を珍奇な夢の世界に…しかも自分にしか見れない夢の世界に連れてってくれと切望しているタイプがここに来る。美ってものが伝統とか宗教思想には属さず、完全な個人のドリームワールドだという定義を持っている人間どもがここに来る。しかもさらに奇妙なのがそれが、今や自分以外の誰かが作り出した物を介さないとその夢世界には足を踏み入れられないと思い込んでいるという点だ、自分の夢世界を自分で三次元上に創作出来たのならば彼らは芸術家になっていただろう。何があったのか知らないが彼らの多くはある地点で壁を感じ、それ以上先には踏み入れられなかった、その踏み入れられなかったというトラウマと、三次元上の物理現実に自分の夢を出現させられなかったという抑圧のせいで、圧迫された芸術欲のせいで…枯渇を補填するべくこの種の人間は物を集めたがる。哀れなもんだ、いつの間にか第三者の作った夢世界を介してでないと夢を見れなくなっていて、それでも夢を渇望し続けてるんだから始末に負えない、始末に負えないから俺もこうして長年食っていられるってわけだ…お、新しいお客が来たみたいだ、俺はもう行くよ。まああんたも、なんならゆっくり見ていってくれよ、このガレージのどこかには、あんたの見ることの出来る夢、あんただけがその魂に触れることの出来る夢が眠っているかもしれないんだからな。