散文詩【真空管】

あれが真空管の音というものだったのだと気付いてから、好みは結局思春期へと帰結してゆくのだと感じている。狂ったように音楽を聴き始めた当時に選んだのは古いジャズとボサノバ、かといってその音楽に傾倒したわけでもないというのだから、音楽の選り好みについては他人には説明し難く、尚且つ横文字も一向に紐や蛇にしか見えないというのだから始末に負えない。音楽を聴いていたというよりも、さらに細分化された音を聴いていたのだと最近理解し、あれが真空管の音というものだったのだと悟ってから、今までの人生の紆余曲折を含めてすべてが、また元の一拍子からスタートしてゆくように感じ、安堵している。死ぬときには、生まれるまでに聴いていたであろう母の心拍へと、帰ってゆくのだろう、つまりはその力強さ、光を灯したような響きが、真空管というものによって代理的にこの世に紡がれていたのだ、確実にそこに在るという確証を高めるもの、肉体の在処、魂の在処を強める音…そういうものが真空管特有の音色である。