いいかい、よく聞いてくれ。舞台に立つ人間は損をする仕組みなんだ、見ろよ、こうやって散々にトマトを投げつけられて燕尾服が台無しだ、とんだザマだよ。それでも僕はこう思っている…自分を奇術師だと…。夢で空を飛ぶとき、あるいはこの世には無い素晴らしい風景が、果てしない内側の渦から押し寄せてくる時、僕はどうしてもそれらをこの世にもたらしたくなるんだ。これは、この世に満足している方々には、甚だ余計なお世話かもしれない。夢見ている変化を即座にその場で現わすという芸術は、人を不安に陥れるのかもしれない。この点では、およそ芸術と呼ばれるもの…この世に夢のような変化をもたらすという事こそが目的の表現は、実は常に世界を破壊し続ける行為でもある。僕が一個のリンゴを出す、するとほら、トマトをぶつけられる。リンゴの出現にどうしても憤りを隠せない人というのが出てくる仕組みなんだ。この世にリンゴをもたらしたことでどれだけ不利益を被るのかはわからないが、とにかく、この舞台に何もなかった状態を善としている人にとっては、僕は常にイカサマ野郎なんだ、この点でも、すべての芸術家や詩人も詐欺師同様に見られている。この世は出現までのエネルギーよりも、後からそれに泥を塗りたくる行為のほうが簡易なんだ、これがこの世というものなんだ…これがこの世の限界なんだ…いいかい?だからよく聞いてくれ、それでも我々奇術師は、トマトを投げ返してはいけないんだ。辛い事だが、表現者はやり返してはいけないんだ、我々の目的はただ一つ、この世に、感覚的変化をもたらす事、喜びを出現させることなんだから。怯んではいけない、舞台を成功させること、夢を表現することだけを見つめて…野次に耐えるんだ、それでも舞台に立つんだよ、その人たちさえも喜ばす芸術を考え、この世の重力や時間、苦しみやしがらみを超えるのが奇術師の役目なんだから。さあ次の演目だ、涙を拭いて、みんなをあっと言わせてやれ!
散文詩【それでも我々奇術師は、トマトを投げ返してはいけないんだ】
