散文詩【一行の英数字文字列】

僕の長年の野望、聖典を通読録音したいという思いを実行に移すにあたって、数奇な縁で聡明な人物と話す機会があり、これ幸いにとばかりに件の機材の事を聞いたら、理知的な彼は一行の英数字文字列を書いてよこしてくれた。僕はそれを首をかしげながら見つめ、彼はその間に手短に説明した。しかし結局のところこちらの知識では彼が何を提示してくれたのかさえ、恥ずかしながらその場の僕には皆目見当もつかなかった。帰宅してその文字列を検索したところ、それは録音機材の商品名で、しかしその商品にたどり着くためにはそれ相当の知識が必要で、しかもこの知識にたどり着くためにはそもそも、大前提としてのさらなる予備知識が必要だということを理解し、愕然とした。…たった一語の言葉が聖典全てを網羅するのと同じように…一行の英数字文字列にはA4用紙何枚分かの情報が詰まっていたのだ。僕は素直にそれに感謝すると同時に、これがいわゆる頭の良し悪し、強いて言えば知能の差というものだと痛感し、A4用紙何枚分かの言葉で丁寧に説明してもらえることを望んでいた甘ったれた自らの態度を、今更ながらに恥じ入った。その瞬間ようやく…聖典と呼ばれる膨大な言葉の羅列が未だに現存し、仰々しい儀式が古来そのまま実行されている意味を、図らずも悟ったのだった。