散文詩【それがために命までかけてふて寝した】

住みたくない街の住みたくないアパートに無理やり住んでいた時の事、一階でボヤ騒ぎが起こった。
白煙が充満していた。
でも当時三階に住んで居たあたしは疲れ果てていたせいもあって逃げなかった。
直感が逃げなくてもいいと言っていたというのがその時のあたしの言い分だけど、今思えば自分の生命に対してでさえ怠惰であったというだけの話。
管理人と顔を合わせたくなかったってのもある。
別に何をしたわけでもないんだけど互いにそんなに良く思っていないことは明らかだったから、休みの日にいちいち顔を合わせたくなかった…それがために命までかけてふて寝した。
人間というものは環境や人間関係で形作られるものだと心底思う。
とにかくあの街に居た時のあたしときたらろくなもんじゃなかった…ああ、今ちょっと嘘をついちゃったけど、ホント言うとあの鰻の寝床状のアパートの内部は完全な畑、沢山の農業用鉢に植えられた植物たちが人工の太陽光を浴びてすくすく育ってた場所だったの。
いつかお庭に植物を植えたいなあという夢が昔からあって、それが紆余曲折した挙句間違った方向へ進んじゃってた。
心境としては必死に隠そうとしてたわけでもなく、かといってばれたら面倒くさい。
もういいや寝て居よう直感が逃げなくてもいいと言ってるんだから…そんな感じで窓を覆う白煙を、あたしは汽車にでも乗ってうたた寝する気持ちで横目に見つつ目を瞑った。
本当にこれで死ねるかもしれないってかすかに思ったよ。
本当にこれで死んでしまうかもしれない。
あたしが育てた植物たちを当時の彼氏が…問うてはいけない誰かに渡して、それがその先どのように濃縮還元されたのかをあたしは知らない。
それでも植物たちは可愛くて、全部引き抜いて何食わぬ顔で燃えるゴミとして捨てた時に、今度は住みたい街の住みたい家に住もうと心に決めた。
そして植物とずっと居るために何の役にも立たない種類の植物だけを育てようって決めた、ボヤはほどなくして収まった、消防車まで来ていたというのにあたしは…もしかすると黒焦げになって発見されていたのかもしれないのにあたしは…怠惰というのは時に恐ろしい魔物で、最終的な段階までこの負の作用が働くと人は死んでしまう。

生き残ったあたしは心に決めた、逃げる時には逃げよう。

…あああれから何年経ったっけ?
今、住みたい街の住みたい家に住むことが叶ったあたしは、濁流となって押し寄せてくる川の流れを窓からただ見ている。
あのね、あの時のあたしに言いたいのは、何も怠惰だけで人は死なないという事。
見知らぬ人と男女ごちゃ混ぜで幾昼夜ひょっとしたらもっともっと長い期間過ごすよりもあたしは、この家でさっさと死にたいって言う事の方が、真実なの、生命の真実なの、無意義な植物たちと死にたいと願っているの。
おかしいでしょ?

もう逃げなくてもいい…そんな風に思っているからこそ避難しないの。

救助お断りという横断幕でも吊るしておけばよかったかな?
今度も直感が、逃げなくてもいいと言っていたというのが一応、今のあたしの言い分ではあるけど、避難勧告を無視する自由くらいは、死ぬ自由くらいは生きる上で必要でしょ。
当人の生き死にが他人の迷惑になるか否かだけで判断されるこの世がもう嫌なの。
災害時に自宅で死ぬことを選択するくらいの権利はあるはずでしょ。
救助隊のために生きてるんじゃないんだから…生きるのが絶対善で死は忌避すべきものという思想はいささか短絡的すぎると、骨になったあたしなら言うはず…それがために轟音を尻目に、動機は異なるけど結局、あの頃と同じように命までかけてふて寝している最中。