詩【小規模なビッグバン】

理由もある
正当性もある
それで俺は
あくまで心の奥底で奴を絞め殺そうとした…あくまで心の奥底で奴を絞め殺そうとした
あくまで、心の中で、奴を滅多刺しにして木っ端みじんにして殺す事を考えた
今までの俺なら
それから
すごく冷えた頭で
それをどうやって実行できるのかという段階までを想像し
怒りを分散させていた

理由もある
殺すだけの理由が
正当性もある
法律的にも人情的にも
何をどうしたって殺してやりたい相手
あるいは社会や人類のためや環境の為に殺した方がいい相手ってのは居る
わかるだろ?
どう考えても性根から腐った奴ってのがこの世に無数に点在しているのは…
糞みたいな奴が居るのは…

理由もあり
正当性もある俺が
誰もが同情するような物事に於いて
ある人物を殺す想像をしている

しかし事は起きた

いや、何も起きてはいない、起きたのは実に些細な事、明記するようなことは何も起きていない
単に
共鳴するってことを…人間同士、知らない同士が何気なく
それでいて双方の全てを許すという段階に一瞬で駆け上がって
微笑みを交わすって事が度々起きただけ
そしてそれがこれからも起こり続けると
知ってしまっただけ
そう、何も起きていない、起きたのは実に些細な事、あまりにも『小規模』な『ビッグ』バン
しかし宇宙の質が根底から変えられてしまった
俺、という小宇宙が無理矢理に浄化されてしまった
あれが正真正銘の善人なのか?

それからというもの
俺は殺したい奴を思い浮かべ
いつも通り、心の中でやっているように相手を絞め殺そうとした
殴り殺そうとした
しかしボコボコに(ここまでボコボコに出来る奴を俺は人生で知らないって位に)したとき
あっ
と息をつく間もなく(だって頭の中の出来事なんだから息をつくよりも一秒先に次の場面に移る)
そいつの顔が
あああ、あの共鳴相手たちに代わってるんだ、首を挿げ替えたみたいに
彼等になっているんだ、俺にとっての
良い人たちに代わっているんだ
はじめのうちこれは
何か一過性のもので
小規模なビッグバンによる後遺症かと勘繰った
俺は今まで他人を邪険にしていたから
その分副反応が強く出るんじゃないか、みたく考えていた
しかし甘かった、浄化というものがそんなに簡単に済ませられるわけが無いんだ
そんなに簡単には済ませてもらえないんだ

理由もある
正当性もある
大多数から考えても人情的にもクソな奴
居なくてもいいどころか居るだけで害になる奴を俺は幾度も
幾度も…殺そうとしたんじゃない、殺す事を考えて憂さを晴らそうとしただけだ
あくまで想像だよ、悪意を持つなっていうほうがどうかしてる、そっちのほうが暴力的だ
そんな風に思って、また、ぶっ殺してやりたいと想像していたんだ
いちにのさん、グサッ!!…
じゃなくてもう無意識に首を絞めたり刺し殺したり殴り殺す地点に魂が導かれて…
そうすると無意識のうちに
やっぱり首がすげ替えってて
あんなにいい人を
俺は殺している!!
ああ!!
叫ぶ間もないんだ…思いっきりぶん殴ったその時に
その顔が
あの優しい人物たちの顔になってるんだ、ただ挨拶を交わしただけ
ただ瞬間的に互いを完全に許しただけ
言うなれば旅先でよくしてくれた異邦人みたいな彼等
いくら殴っても
心の中でいくら殴っても彼等に代わってしまうんだ

この浄化の苦しみについて俺が本当に、一人、涙を流してわんわん泣いたって事は
此処だけの秘密だ

つまり人間が人間を許すとき、許される時ってのはもう
固有名詞は消失する

善人も悪人もなくなってしまうんだ

理由も正当性も無くなってしまうんだ

そういう訳で今ではもう、俺はその手の想像が出来なくなったんだ
ぶん殴ってスカッとするっていう思考回路じゃなくなったんだ
それがあまりにも破綻していて
しかも
これを堪えたほうが

自分が強くなれるってようやく、気が付いたからな

心配するなよ、俺は相変わらず
仏頂面の頑固者で
イエスマンの真逆だ
ただ愛を知っただけ
許すって事を、小規模なビッグバンで無理やり知らされただけだ