散文詩【小さな神社が撤去されて更地になっていた】

駅までの道の途中にあった小さな神社が撤去されて更地になってて、僕は悲しくなった。以前そこは不思議な三角地帯で、フェンスで囲まれた小さな土地はこんもりと木々が生い茂り、その中にちょこんと赤い鳥居が…時空間を押し曲げてとても【たくさんの時間と距離と共に】存在していたんだ。そこには出入口は無く、神社だけが道と道の交差するその三角州に外界と遮断されて鎮座していた。たまにお供え物がされてあるのを僕は興味津々で見つめたもんだよ。正直に告白すると真夜中、どうしても秘密に触れたくて僕はその敷地内に入った。秘密って言うのは真実の事だ。フェンスは案外すぐ乗り越えられたし大通り沿いだというのに誰も歩いていなかった…それとももうフェンスの内側、藪の中は幽世だったのだろうか?面積よりずっと広く感じたのはそこに沢山の時間が凝縮されていたからだと僕は思う。時空間って言うのは切り離せないんだ。ある一定の時間が経つというのはある一定の空間が存在し続けるという事なんだ。そこは溜まった時間のお陰でずっと深く巨大だった。赤い鳥居は外から見ると小さいのにこうして真夜中眼前にそれを見据えると、あの最悪なエジプト旅行で見たピラミッドくらい大きく感じる、僕は小さく頭を垂れた。手を合わせる事は出来なかった。何か一定のモノしか信仰の対象じゃないから無暗に手を合わせては駄目だという思想も世の中にはあるけど…そういう意味じゃなくて、手を合わせるってことは契約に近いんだ。だから僕は適当に手を合わせたくなかった。近くのコンビニの灯りが現世はこっちだと静かに示してくれている、鳥居には何もない。十字架や聖体。あるいは聖なる書物みたいなものは何もない、鏡があるだけだ。その鏡を覗き込むと必ず自分自身を見る。社に祀られた自分自身を見る。そうだ、神聖なものは溢れていて僕らは神秘のただ中を生きている。神は僕らを作り出したし僕らも絶えず現存する神を作り出しているんだ。時空間自体を作り出してすら居るんだ…頭のどこか一点、真実に触れた時にだけ活動する領域が虹色に光ったような気がした。もう戻らなくてはいけない。それ以上は僕の許容量を超える恐れがある…何かに促されるように僕はフェンスに足を掛けた、だがフェンスそのものが外部から見た時よりもずっとずっと高いように思え、僕は一瞬たじろいだ。急かされるように登りきるともんどりうって地面へ降り…落ちかけた。あたりには毎晩漂う夜間特有の植物由来と思しき湿った紺色の匂いが漂っている…この自発的一件以来ここは僕にとって神秘の場所で、通り過ぎるたびに心の中で目礼していたのだけれど…ついに小さな社は撤去され、鬱蒼と茂る木々もろとも無くなって更地になっていたんだ。