短編小説【乳子と善吉】※R15指定

「おっ!今日も居るねえ!若いのにゴミ拾いとは精が出るね!って言っても僕と同じくらいの年代かな?実は僕らもたまにもこのあたりを清掃して廻ってるんだよ、いえ全然職員とかではないよ~ゴミってのは最終的には海に行き着くからね、君の手に持ってるそのゴミもクジラの腹の中に入る所だったんだよ?クジラはミジンコを食べてるからねえプランクトンだっけ?ふふふ、君無口だねえむっくんって呼んでいい?」

こいつは反捕鯨団体と繋がっているのだろうか?はじめから怪しいとは思っていた。善吉と名乗るその歌舞伎町の客引きめいた金髪男が河原で話しかけてきた時から怪しいとは思っていた。何でこんな不自然に髪を染めた奴が自然な場所をウロウロして俺のような寡黙人間に話しかけてくるのか?俺に何を買わせようとしている?訝しむ俺は杖を片手に、ゴミ袋を地面に置いたまま無言で突っ立っていた。善吉とはここ数週間数回挨拶を交わしている…それだけの仲だ。早朝の河原ですれ違うだけの仲だった。向こうからしてみれば年寄りでもない男が杖をついているのが珍しいのだろう…俺と歳の近いらしい彼はしきりにこちらを覗っている様子ではあった。奴は言った。「むっくんはさあ」善吉、こいつは呼吸するみたいに話し出す。「毎週ここに来てるの?」「…はい、まあ…」「僕らもさあちょうどこの曜日の朝に来るってことにしてるんだよねえ」次に奴が何を言うか大体察しがついたので俺は黙っていた。

「ねえむっくん、僕たちも一緒にゴミ拾いしていいかい?」

会社指定の制服に着替えて車を走らせる、車を走らせて客を拾う仕事を俺はしている。たまにゴミを拾う、拾ったものを移行させるという行為は俺の人生を構成する重要な機能らしい。ゴミ拾いは幼いころの教会の地域奉仕活動でやってから何故か染みついてしまった内向的趣味みたいなもんだが…これはあまり他人には話さない。年寄りでもない男がゴミを拾うのも杖をつくのも珍妙だろうから。その杖も座席の下に巧妙に隠している。客には見せない。俺は障碍者というわけでもないので運転免許証にも差し障りは無い…この仕事が出来なくなったら俺はどうなるのだろう?…男女差というものをとやかく言うつもりはないけれど男で股関節が弱いなんて生物的に終わってるんじゃないかと自虐的な気持ちが渦巻く。一方、週に一回ゴミ拾いをするというのは染みついた行動様式でもあり、かつ自分なりの運動、すなわち体力トレーニングでもあった、リハビリでもあった。あの金髪の善吉はうっとおしいタイプの人間だが別にこれと言って拒絶する理由も無かったので次は彼の仲間が来るらしいことを聞いた。人生でたまには人付き合いするのも良かろう…そんな風に俺は思っていた。

「おい牝牛、にゅう子~、あ、この巨乳は乳子っていって生まれつき喋れないんだ、僕の幼馴染というか僕が面倒みてやってんの、ほらにゅう子むっくんに挨拶!」

翌週河原に行くとAV女優もびっくりの奇形じみた巨乳が善吉に促されてお辞儀をした。乳房の脂肪の量がおかしい。(フットワークというよりも軽薄そうだという意味で)軽そうな善吉の話通り、河原には数人が輪になって固まっていて一目でそれと分かった。妙に赤い朝焼けが不気味に広がる中互いに顔を合わせた。乳子と呼ばれた巨乳のほかには人畜無害そうな(俺より)若い男が数人、対して紅一点の乳子は年齢不詳の地味な女で乳だけがとんでもなく目立っていた。乳子は黒目がちの瞳を半ば申し訳なさそうに伏せてその場に立っていた。牝牛なりに若干緊張しているらしい。ポン引きめいた雰囲気の善吉もこうして改めて早朝の河辺で見ると人の好さそうな30前後の好青年に見えなくもない…いや、背景が繁華街だったらやっぱり単なるチンピラもどきでしかない野郎だ。ああもしかしたら自分が一番年上なのかもしれない…つまり一番年寄りで体も弱いのかもしれないと漠然と感じて、俺はなんだか居心地が悪いような気持になってきていた。女と付き合っていたのももうかなり前の事だ、杖をつくよりも前のことだ、脚の痛みがまだ耐えられるレベルだった頃の話だ、こないだ、と思っていたあの元カノが去ってから実際には既に5年が経過していることに気が付いて哀しくなった。あいつは俺が杖をつくようになったことなど知る由もないんだな、あーセックス…してえな、とかさすがにいきなり言うわけにもいかないので俺は乳子の乳を見ないように努め、みんなでゴミ拾いをし、その後はファミレスに寄ってこの世の無常をそれとなく言い合いながら解散した。

周りの男たちも雰囲気やそれとない自己紹介で自分と似たような立場の人間だと分かった事が、俺がこの集団に意外にも馴染んだ要因かもしれない。自分が反社会的人間であると言い切れないが漠然と人間社会に対して後ろめたさを感じている…人間社会の落伍者であることは重々承知していた。聞けば善吉に招集された男どもは皆、高校中退とか馬鹿高校卒とか専門学校中退とかいじめにあってからずっと引きこもりとかそんなんばっかだった。初日で、ゴミ拾いという共通項目を軸に集まったみんながこんな話を自虐的にしている空気には、確かに独特のものがあった。いよいよ宗教勧誘されるんじゃないかと俺は、みんなと馴染むと同時に警戒していた。善吉という男はそれを笑顔で傍観しながら聞いている風だった。こいつはこの手の男を見抜いて連れてくるのが滅法うまいらしい。何故?やはり何か買わされる気はしていた、もしかするとみんな善吉のカモなんじゃないかと俺はみんなに心を開く一方で、黒髪共の中でたった一人の金髪野郎善吉に疑心暗鬼の目を向ける。俺は金は無いぞ善吉、その手には乗らない、俺は変な教祖様を崇めたりしない、俺は信じない、俺は騙されない、俺は何も買わない。

結果から言うと俺は一月後には悪しき善吉の客となり、恥ずべき欲求を果たすためにこの客引きに言われるがままの金額を支払って春を買うに至った。

言い訳させてもらうならばそれはそこまで高くない金額だった。というか安かった…ひと月分と考えればだいぶ安かった。やり放題だと考えればかなり格安だったと言ってもいい。乳子とやりたいとは薄々思っていたがどうせ善吉と出来ているであろうことはさすがの俺にもわかっていた。だから善吉からついにこの話を持ち出されるまでは特段こちらからは何のアクションも取らなかった。時折乳子が脚の弱い俺を気遣ってか何か励ますような仕草をすることがあった…そのほんの少しの女の仕草が何だか妙に愛おしい気がしてだいぶ心が安らいだのは事実だ。脚の悪い事は客はおろか会社側には基本的に伏せてある。ばれてみろすぐにリストラ対象だ。しかし杖は痛みのために手放せなかった…そういう緊張状態の中で普通の女と恋愛する気は俺にはさらさらなかった…そんな機会も無かったしそんな機会に飛びつく気持ちも俺には無かった。出会い出会いと言っても股関節の弱い人間を異性として見ることの可能な女は滅多に居ないだろうが、それでも一人で居る時、未だに、何をどう考えても最早無用の長物となった性欲と対峙するのはかなり哀しい事だった。そんな中善吉が俺に耳打ちした、奴は全部わかっていたのだ。俺の悲しみも暗い男の性欲も全部見抜いていたのだ。

「ねえむっくん、乳子のあのオッパイで何したい?如意棒挟んだりしてみたくない?」勿論はじめのうち、このさもしい金髪野郎の軽口には性欲を持て余している俺も取り合わなかった。俺にだって人並みの善意はある、善意というか社会性というか、女性をあからさまに無遠慮に性欲処理の対象として見なす行為そのものに対する…義憤めいた正義感くらいあった。あるつもりだった。「むっくん、乳子はね~、ああ見えて結構淫乱なんだわ、僕らは長い付き合いだからね、これは乳子からの相談でもあるんだ、あいつ喋れないだろ?しかも馬鹿なんだわ軽度知的障害ってやつ、作業所行っても変な男に絡まれるからねえ、かといってレジ打ちなんて出来ねえし…おい牝牛!来いよ」

呼ばれて、口のきけない乳子は、牝牛さながら走り寄ってきた。もうあまり緊張しなくなったのか本当に何も考えてない風で俺たちを見つめている。その日の河原は生臭くてそれは人間の陰部の匂いにどこか似ていた。朝焼けに照らされた化粧気の無い女の素肌が透けて見え、大きな黒目には空がそのまま映し出されて青く輝いていた。「おい牝牛、むっくん好きなんだろ?」いきなりの問いかけに動揺したのは乳子よりも俺だった。俺は言った、うまく回らない口で慌てふためいたが言うしかなかった。「…いやあの、いいって、そういうの!やめてくれよ!」たまに強烈に押し寄せてくる情けなさに押しつぶされそうだった。杖をついた自分がひどく惨めに思えて軽率な善吉を殴りたい様な気持ちにもなっていた。人に性の仲立ちをされているという状況がいかにも不具者という感じがしてきつかった。それなのに心の奥底で何かを期待していたのも事実だ。乳子を見やると意外にも乳子は、パーカー越しにもわかる乳房を揺らせて声を立てずに無邪気に笑っているではないか…俺と目が合うと乳子は目の前にいるというのに小さく手を振った。俺は言った、照れながら言った。「…え、あ、あの、これってどっか行けって事じゃない?バイバイって事じゃない?俺、振られてるよ!」善吉は俺を見つめ黙ってにやにやしていた。他の男たちも影のようにいつの間にかこちらに集まってきていて成り行きを見守っている。乳子は驚くべきことに善吉のするように俺をじっと見つめ、しばらく立ち止まってからふたたびにっこりと微笑み、俺にぴたっと…その大きな乳房ごと、身を寄せてきたのだった。

幾年ぶりかの女の匂いと感触に俺は頭がぼうっとしていた。

確かに乳子は裕福とは言えなさそうだった。三度の飯は善吉に食わせてもらっているらしいものの、いつも腹を空かせていたので俺も他の男どももこの牝牛に菓子や焼き鳥、タコ焼きなどの簡易な差し入れを持ってきて与えていた。完全に餌付けだ。牝牛はそれを美味そうに食った。そして…これが彼女の役に立つならと俺は善吉に言われるがままの…ひと月やり放題だとしたらだいぶ安い金額を支払った。乳子が本当に知恵遅れなのだとしたら俺を否む気持ちがあればこんな風に身を寄せてはこないだろう…あるいは女の性的拒絶感や嫌悪感というものは知能に連動するのだろうか?知恵遅れだからこそ嫌悪感が薄いのだろうか…?俺が久々の女体に思わず悦びの声をあげてしゃぶりついていた時乳子はどんな顔をしていたのだろう?これだけならば確かにそこまで問題ではなかったと思う、俺はある意味で乳子を守るために金を払っているんだとはじめのうちは思っていたし、好きか嫌いかのどちらかで言えば乳子の事は好きだった。いざ問い詰められたら付き合っていると答えればそれで済む気がした。

問題は…他の男共もまた、ひと月やり放題の金額を支払って乳子と適宜やっていたことだった。そりゃ驚いた。善吉にそのことをなじるように問うと奴は笑顔で頷いて言った。「言ったろ?乳子は淫乱だって、それでもあの牝牛とやるのをやめるなんて出来ないよね?いいんだよ止めても…はいさようなら!…なんてね~ほら~止めらんないっしょ?むっくんはやっぱりむっつりスケベだなあ」無論俺は欲望を振り払えなかった。最終的にこの男に金が集まっていると思うとむかついたが、それでも乳子の日常の世話や保護をしているのは善吉であることに違いなかった。

牝牛とやっている最中にも情けないことに痛みは生じていた。特に体勢を変える時に神経痛が走った。痛いのを我慢して気持ちいいのを選択している以上仕方のない事なのだが俺はそれを女に隠すのも嫌だったし、かといって変に腫れ物に触るような態度を取られるのも想像するだけで嫌だった…つまり現実の女とやりたくてもやれないというジレンマはこういう所から生じていたのだ。まだまだ健全そのものと言った体で渦巻く性欲と最早老後みたいな骨の状態、この生物的に相反する矛盾が元来無口な俺を尚更内向的にしていた。…ある時、俺が勃起させたまま疼痛に顔を歪めると素裸の牝牛は何か悟ったらしく、俺の腰骨あたりに手を置いてふわふわと揺らめかせてからその手を上に振り払い、俺に向かってにっこりとし、いつものあの励ますような仕草をした。部屋の蛍光灯が逆光になっているせいか乳子が一瞬、幼いころ教会で見た後光を戴いた聖母マリアのように見えた…。俺は乳子の巨大な胸に吸い付き、照れくささと小さな感動で火照る自分の顔をその肉塊に埋めながらながら思った。

…ありがとう乳子、痛いの痛いの飛んで行けをしてくれた事を俺は忘れない…惚れていたとかそういうわけじゃないが…この種の聖なる交歓の為に金を払って彼女を抱いた。

新しく女と出会って一対一で四の五の詮議して彼女を作る気も無いので出会い系もやらない、かといって一回こっきりで割高の風俗に行きたいとも思わない…俺を含めたいわゆる低所得のこの年代の男にとって乳子は適材適所の存在だった。段々に思考は善吉の考えに染まり、金を払わずにやるのはむしろ罪悪感が生じるとさえ思うようになった。好きな時に乳子の住む(具体的には善吉の)小さなアパートに行けばやれるというのはありがたく、その金で乳子が暮らせるのならばそれでよかった。その状況に慣れていって、部屋の中に別の男が居ても気にしないで乳子に咥えさせるようになっていた。何をしているのかは知らないが仕事上がりの善吉は帰宅するとその様子を見て目を輝かせ、この有様を鑑賞しながら作業着のまま飯を食っていた。どうやらこの男の性癖は自分の女が男たちに犯されているところを見る事…なのだろう、たまにカメラで乳子が懸命に肉棒を舐めたり挟んだり突かれたりするのを撮影していた。

…不思議なことにだんだんと状況はエスカレートして、そのうちに二人の男が一度に乳子の身体を弄んだりするようになった。常に男のたむろするこのアパートの一室で起こっていた出来事を冷静に考えると乳子がかわいそうな気もするのに、それなのに、あるいはかわいそうであればあるほど俺は興奮してしまった。声を発さない乳子の顔がたまに歪むのを見るのが俺の楽しみになっていた。他の連中もそうだと思う、こいつは人間じゃなくて本当に牝牛なんだ、喋れない牝牛を好き放題犯しているんだと思うと極度に興奮した。…来年、再来年、10年後俺はどうなってしまうのだろう?歩けているのだろうか?歩けなくなったらいよいよどうやって稼ぐのか?強烈な不安は強烈な興奮でかき消された。他の男どもも言ってしまえば似たり寄ったりの状況だった。そのアパートの部屋に入ると乳子の匂いと精液の匂いが混ざっていて、それが俺にさらなる背徳感と催淫効果をもたらしていた、俺たちは乳子の身体で不安を癒していた。

「お若いのに精が出ますねえ、といっても私と同じくらいの年代の方々でしょうか?実は私たちもこのあたりを清掃して廻っているんです、いえ全然、私的活動ですよ、親子の集まりなんです」

最早教会の奉仕活動の思い出も乳子の薄ピンク色の大きな乳輪の向こう側に遠のき、何の利益にもならないゴミ拾いなどに行く必要性を俺すら感じなくなっていたがそれでも善吉の謎の矜持に皆引っ張られ、俺たちは勃起しながらペットボトルやら空き缶やらをせっせと拾っていた。善吉曰く「クジラの腹に入るものを取り除いてから牝牛に中だししたほうがいいよ、世の中の均衡を大事にしておいた方がいいと僕は思うんだよね」らしい…清掃後の射精大会が待ち遠しくて、不埒な妄想に囚われたままその日も俺たちは早朝の河原に居た。…そんな時にこの新たな男に俺たちは話しかけられ若干動揺した。いかにも真面目そうで身綺麗な40前後の男は自らをスズキと名乗った。見た目は清潔に切りそろえられた黒髪に眼鏡…姿は異なるがまるで善吉二号だなと思って善吉を振り向くと予想に反してその顔からは笑顔が消え失せていた。まあ確かにこんな、社会活動をバリバリこなしてそうなタイプは善吉の客にはならないだろうなと俺は思った。

スズキは言った。「ゴミは最終的には海に流れますからね、あなた方の手に持っているゴミも、クジラのお腹の中で消化しきれないまま残ってしまうところだったんですよ、あなた方は間接的に海の生き物を助けているんですよ、クジラを助けているんです」おいおいこいつも反捕鯨団体じみたことを言っているなあと内心俺は笑っていた。善吉は嫌々ながらも普段の癖で俺たちよりも先に部外者に対して口を開いた。「大げさですよ、スズキさん方は親子で活動なされているんですか、お子さんたちも?」スズキは言った。「ええ、活動というほど活動していないんですが、恥ずかしい話、この河原でバーベキューをして、その帰りにゴミを拾って帰宅するってだけなんです、よければバーベキューにご招待したいのですが」金髪の善吉は若干顔をしかめて潔く断ったがスズキは尚も、よければ会食に寄ってくれとしきりに言い残して去っていった。確かに子供は俺も苦手だった、苦手さを出さないようにするのは面倒だし善吉の感覚もわからんでもないので俺は内心断ってくれたことに感謝していた。スズキのような正々堂々と社会を生きているタイプの人間に杖について突っ込まれるのも嫌だった。俺は特に生物的に未完成だ。未完成は完成した存在を常に疎ましく感じるもんだ。善吉はこちらに振り向くとぼそりと言った。

「あいつは怪しい」そんな善吉の言葉に、お前ほどじゃねえよと俺は内心突っ込んだ。

何とその日のお待ちかねの射精タイムになっても乳子は現れなかった。現れなかったというか河原近辺の自宅なのだから帰宅するはずなのに乳子は居なかった。みんな朝もはよから邪欲に支配されていて、肝心の乳子よりもとにかく善吉と乳子の住まうあのヤリ部屋に行きたいという一種の視野狭窄状態に陥っており、牝牛がこの牛飼いたちの群れからはぐれたのにすら気がつかなかったのだ。乳子が牝牛なら俺たちは牧童ならぬ単なる猿だ。やりたい、やりたい、やりたい…もしやと思って俺は棒高跳びの勢いで杖を酷使しながら痛みも忘れて大急ぎで河原へ引き返した。案の定旨そうな肉の焼ける匂いが煙とともに漂う中乳子はスズキの率いる集団の中に居て普通に何かを食っているではないか!あああの馬鹿居やがった!すっかり餌付けされてやがる!おい牝牛!事は急を要する!みんな朝から楽しみにしているんだ!お前とやるために昨夜は抜かなかったんだぞ?俺は目配せだけで乳子にそれだけを伝えた。もう最近はオナニーするなら乳子のところへ赴いていた。射精したくなったら近所に住む乳子の肉体にぶっかけたりぶちまけたりしていた…そういやこいつは避妊をどうしているのだろうか?…とも思ったが今はそれどころではない。それは俺がまず本日の射精を済ませてからの話だ。なんなら中絶費用くらい払う!何まだ肉食ってるんだ乳子!早くいくぞ、早く!

親子の群れは闖入者である障碍者じみた俺を本能的に嫌悪しているらしかった。俺は頭を下げながら乳子の…乳房などまるで目に入らないという風に無言で正々堂々保護者然といった体で腕をとった。その時例のスズキが来て俺に挨拶した。スズキは言った「おやおや」なんだかわざとらしい感じがしないでもなかった。「あなたは…この女性の方も清掃されていたので私が誘ったのです…なにか…ご病気…でしょうか?」口のきけない乳子の事を、障害と言うのも憚られるといった調子でスズキは訊ねてきたので俺は適当に相槌を打った。「この方のお名前はなんというのでしょう?」そこではたと気が付いた。俺は乳子の本名を知らない、まさか乳子でもあるまいに…俺はこの牛じみた女の事は身体以外何一つ知らない事に今更気付き狼狽えた。

その次の週もその次の週もスズキは河原に居て、親子の群れを率いて荒れ野を彷徨うモーゼが燔祭を捧げるかの如く…肉を焼いて俺たちを待ち伏せ、乳子は毎回その罠に自ら進んでかかって焼いた肉を食っていた。それを容認しているスズキがあまりにもしつこく誘うので善吉もついに折れてなんとなくその群れに加わってその日は肉を食っていたのだが、確かに善吉の言うように何か妙な意図が俺にも感じられた。

その何かというのが…現実にはとても口にしにくい事で、普段俺たちが目を背けている将来の不安だとかまっとうに生きて行けない事、人間の埋められない決定的な差、格差みたいなものをチクリチクリと真綿で首を絞めるかのように指摘される事であるのを…真正直に認めるのは結構しんどかった。スズキは暗に俺たちを攻撃していたのだ。別に俺は子供が欲しいとか家庭を持ちたいとか妻と月何回かセックスするとかそういうことに興味は無い。大体俺みたいなかたわ者が子供をこさえたところで何分の一かの高確率でその子供は股関節の弱い馬鹿になるだろうと予想出来ている。俺の母親、俺の祖母がそうだったように障害ってのが遺伝の本性なんじゃないかと思う。そのくらい弱さは連鎖する。弱く生まれて何の得になる?健常者未満障碍者未満の居場所のない俺は、スズキの率いる一群の様子をどこか遠いところ…まるで彼岸でも見るかのような目で見つめていた。第一にスズキたち一派の共通用語は英語だった。彼等親子や親子同士の会話は英語で、たぶん英会話教育の一環で楽しく喋っているのだろうが劇中劇を見せられているような違和感を拭えなかった。子供までもが客観視を前提とした演技を舞台上でしているかのようにOh!等と歓声をあげているのを白けた気分で傍観するより他なかった。スズキが何故俺たちをバーベキューに誘うのかの意味が心底わからなかった。優越感に浸りたいのだろうか?

…いかんいかん性欲が減退しそうだ、せっかく乳子も居るってのに、本来であればゴミ拾い後はヤリ部屋に直行して楽しく牝牛をマワして浮世の憂さを晴らしているところなのに…元来寡黙な俺はますます無言になった。

社交の場で喋りにくくなった哀れな日本語話者である俺にスズキは近寄って来て日本語で言った。こいつももしかすると善吉を敵視しているのかもしれないと暗に感じた。「あなたは、彼女さんとかはいらっしゃらないんですか?」結婚しないのかと聞いているらしい嫌味な奴だ。スズキは朗々としゃべっている。「子供は要らない、その気持ちもわかります、若い時はそうでした」聞いてねえよと内心毒づきながらも俺は、自分はもとより毎回肉を食っている乳子の礼も兼ねてスズキの話を身を低くし、頷いたり合いの手を入れたりしつつ聞いていた。スズキは言う。「私は開発をしているんです、家庭用発電機の開発です」褒めてほしそうだったので俺は言った。「凄いですねえ…」確かに本当にすごいとも思った。スズキは人類の時代を変えているのだ、新しい時代に…。「博士号を取ったあたりに会社からお声がかかって、拾ってもらったんです」スズキは俺の杖を見て言った。「私の知り合いにも足の悪い方が居て…その人は脚を切断されているのですが、ドラムを義足で演奏することも出来るんですよ?何か頑張ってやってみたらどうでしょう?」それは痛覚のない義足だから出来る芸当であって整形外科通いをしている多くの…痛みの生じている脚腰の弱い人間の出来る事ではない…俺は趣味趣向でバスドラムを操るほど痛みを欲している変態ではないと言いたいのを堪えて黙っているしかなかった。真意としては遠まわしにスズキが30代で杖歩行の俺を激励しているのは百も承知だ、しかし脚が悪いと一言で言っても痛みの有無がすべてを左右することをこいつは理解出来ないのだ…。恵まれた人間には到底理解出来ない地点に俺は居るのだ。

このことからスズキと言う人間は特段持病も無いのだろうと察せられた。強い人間には弱い人間を理解することは不可能だ。スズキは何の反応もないのを若干気に病んだ様子で言った。「留学していた時にもあなたのような方を見ました、皆さん神に祈っておられました、あなたは神様に対しても無口なのですか?では私は、無口なあなたの代わりに、その足のために私が祈りますよ!」頼むからやめてくれと俺は神に祈った。

この面会及び毎回故意に遭遇してくるスズキの群れについて端的に言うと、うざかった、スズキもスズキ率いる家族軍団もうざかった。この、うざいものを見る視線を羨ましがってると彼らは勘違いして愉悦に浸っているのだろうか?対面するたびにとんでもない嫌悪感を俺は抱くようになっていた。スズキに対しては幼馴染を売春させて稼いでいる悪しき善吉も苦々しい感情を表に出すまいとしているらしかった。子供らは日本話者でしかない俺らを察してか俺たちには近寄って来なかった。乳子だけは男児らに乳を揉まれて相変わらず笑っていた…それをスズキ一派の奥さん連中が張り付いたような笑顔で見守っているのを俺たち共犯の男どもは横目で窺って忍び笑いした。彼女等正当な妻たちが…内心どれほど業腹か知れたものではない。俺は昔から女性のよくする嘘笑いや冷ややかな笑顔が苦手だった。彼女らはそれでやり通せているという女優気分なのだろうが…一切本音で意思疎通しないというあの主義がわからなかった。怒りや不愉快を笑顔で封じるあの習性が理解出来なかったのだ。その点でも乳子は優れていた…劣っていることが俺には優れて見えたのだ。素直なことが優れて見えたのだ。他の男たちだってそうだろう…もしかしたらスズキにとってもそうだったのかもしれない。宝物を見つけた気分だったのかもしれない。長い長い小一時間を幾度も幾度も経て俺たちは帰路についたが、度重なるスズキの嫌がらせ(だと思う)に、昼過ぎだったにも関わらず、すっかりやる気を無くして乳子の部屋へ行くものは居なくなっていた。皆、スズキに間接的に去勢されていたのだ。

いつだったか帰り道に善吉が独り言のようにぼそりと言った言葉をまだ覚えている。「僕はね、たまにすごい怒りを感じることがある、世間のニュースで言うような殺人事件とかさあ、大量殺人とか…そういう事する奴の気持ちが僕はわかるんだ、その怒りの根っこがいつから生じたものなのか僕自身にもわからないんだ、乳子を抱いている時、男どもに犯されてるとき、いたぶってる時には忘れてしまえるんだけどね…」

…数週間後、それでも劣情に駆られ、スズキ如きで下半身のやる気が削がれて料金分楽しまなかった自分にいくらか怒りながら俺とその仲間は乳子の部屋へ押し入った。今日は存分に楽しませてもらうぞ!俺たちは負けない!俺らのやる気を蘇えらせてくれ乳子!…と、そこには何と当のスズキが善吉と向かい合って鎮座していた。こう話すと酒池肉林に加わったみたいな表現になるけど現実には奴は素っ裸とかじゃなくてきちんと服を着用し眼鏡をかけて玄関口に向かってきた。スズキは言った。

「申し訳ありませんが私は、皆さんが小春さんに対してやっていることを警察に言おうと思います」

小春というのが乳子の本名であることをその時俺たちは初めて知った。立場的に悪者である善吉は青ざめていた。「知的障碍者への集団暴行、性的暴行、性的虐待ですよ!」それは薄々どころか重々承知していた。スズキも男であるのでそのこと自体に俺たちが興奮していたことを見抜いている風に言った。「男の楽園、だったでしょうが…私はね、悪いことが許せないんですよ!悪いことが嫌いなんです!クジラがプラスチックを腹の中に溜めたまま苦しむのを想像するのと同じで、誰かが悲しむのが嫌なんです、そういう気質なんです!」乳子は柵の中に繋がれた牛のように扉越しに人間共のやり取りをただ見ていた。それは次に自分の所有者になるのをそれとなく探っている無関心な家畜のようでもあった。スズキは言った。「せめて今まで稼いだお金をちゃんと小春さんに支払ってください、それを拒むならば警察に言ってあなたの預貯金を差し押さえさせてもらいます」果たしてそんなことが実際に可能なのかどうか不明だが、善吉はすっかりうなだれて心なしか金髪もくすんで見えた、スズキは続けた「今から警察に行きましょう」

善吉は警察という言葉に打たれたようにはっと顔をあげてスズキを見据え、唐突に何かを切り替えていつもの軽い調子で言った。「売春だって証拠はあるの?スズキさん…ねえ、あんたもしかして小春とやった?」スズキが若干動揺しながら否定の言葉を述べている最中に善吉はか畳みかけるように続けた…さすがポン引きだと無口な俺は内心感心して金髪の話すのを聞いていた。善吉の声が響く。「はいはいはい!わかったわかった!まあどちでもいいよ、スズキさん、僕らはね、ずっと一緒だったんだ、無理やりの売春とかではないよ、これがどういう女かあなたは知らないだけだよ」スズキは言い返した。「それなら尚のことです!…ずっと一緒に居たなら…愛していたでしょう?愛している女性に売春させてそのあがりで生活するなんて酷いじゃないですか!努力すれば小春さんも働けます、私だって努力して開発業務に携わっているんです!努力して!みんなそうですよ努力して家庭を維持しているんです、あなた方は何の努力もしていないじゃないですか!」

善吉は何かその言葉に珍しくかっとなった風で普段よりも低い声で話した…これがこの男なりの立腹の仕方らしかった。「…まあ僕の人生に同情とかしてほしくもないんであんたに話す気もないけどさあ、いや別にあんたが悪いわけじゃない、スズキさんは善人だよ、本当に偉いよ、僕はただの馬鹿だ、小春の事も正直うんざりしてたんだよ僕が何から何まで面倒見なきゃならないからな、あんたは自分の子供に英才教育して博士号かなんかを取らせてそれを脈々と続けていればいいんだよ、僕らには関わらないでほしい…放っといてくれよ、善意を押し付けられるのはうんざりなんだわ、人間になれって人間から言われるのがどんな気持ちかあんたにはわからないだろうねえスズキさん、あ、警察に言いたければ勝手にどうぞ~」そして手をひらひらさせて冷たく笑った。スズキは善吉の開き直った態度に急に対処出来なくなったらしく弱弱しく言った。「…今日は、帰ります、けれども小春さんに売春させないでください」俺たちはスズキの去るのを茫然と見つめていた。

善吉は生まれながらの駆け引き上手のためかスズキが居なくなった途端に噴き出して言った。「…ありゃ、やってるわ!ちんぽ突っ込んでるよ小春に、いや~客にしそびれたなあ~たまに居るんだよあの手の自称善人が、つまり自分の女を管理してる男を敵と見なしてくる支配欲の強~い奴が居るんだよね、警察には行かないだろうな、自分も障碍者を暴行した罪が暴かれるのは…僕らみたいな無敵の人間よりも恐ろしいだろうからね」

善吉は皆に乳子の部屋に入るように手で合図した。小春という名を持つ乳子は見知った男たちが部屋に入ってくると早速服を脱ぎ、巨大なブラジャーに手をかけて外そうとしていた。善吉はその手を止めるように乳子に添えると乳子は下着姿のままで微笑んでいた。善吉は言う。「まあみんな座れよ、こうなったらみんなには話すけど…こいつ、小春は僕の実の妹なんだ、僕らの母親も小春みたいな軽度知的障碍者だよ、NOっていう事を知らない馬鹿女で俺ら兄弟にそれぞれ自分の祖父母の名前をつけたってわけ、ひい爺ちゃんの善吉、その妻の小春…なんであの馬鹿女がそんな風に自分の子供に先祖の名付けたんだかは知らないよ、そのせいかわかんないけど僕らは昔からこうだったんだ、生まれながらに夫婦みたいだったんだ、ぶっちゃけ小学生のころからやってたよ、こいつは何度も妊娠してさ、だから避妊器具が入ってるんだ、薬を定期的に飲むとか出来ないからな小春は…僕が医者に連れてって避妊させたんだ、牛っていうか犬猫と一緒だよ」

皆固唾を飲んで善吉の言葉を聞いていた。話は続く…。「施設の教師、訓練所の男ども、作業所の所長…誰とでもやっちゃうんだこいつ、ほんとに…、その都度おろしてたからな、この糞馬鹿牝牛」言葉とは裏腹に善吉は優しく乳子を小突いた、乳子は兄からの優しい接触に相変わらず笑っていた「こいつが居ると作業所でも揉めてさ、いくら障碍者たちでも男女関係を乱す奴には厳しいよ、こいつが女の反感を買って仲間外れにされるのなんかまだいい方で、どんな男のちんぽもこの胸に挟むわけだから小春を好きな男からの嫉妬っつーか、よくも裏切りやがったなってことで、男にボコボコにされて帰って来る時もあったよ、嫉妬心ってさ、どんな人間にもあるんだよね、頭が良かろうが障碍者だろうがさ」善吉は乳子をつねった。「こいつはね、喋らないからもてるんだ、無口だからもてるんだ、不思議だけど、男って馬鹿が好きなのかなって気づいたんだよ、こいつ…小春ももう作業所には出禁になっててさ、有難い事に既に輪姦されたってことを通報してくれた奴が居たんだよね、でもさ」善吉はため息をついた。「そのお陰で、こいつは金を稼ぐ場所が無くなっちゃったんだ」

善吉自身が高卒の肉体労働者であり、実は、妹ほどではないにせよ軽度知的障碍者気味であるという話もここではじめて明らかにされた。小春の奔放な特性を生かし尚且つ兄として守りつつ定期的に収入がある事…一般事務の2~3倍の賃金は男数人、多い時で10人以上が月々に支払う肉体使用料で達せられた。そのうちの生活費を差し引いた分丸々貯金していたらしい。そこらの女以上の稼ぎ手となった小春はその乳で俺のような男たちから精液と金を搾り取っていたのだ。小春と善吉兄妹の実年齢は知らないがもう20年近くもそういう事をしていると聞いた。こいつらはとても若く見えるだけで俺よりも年上に違いない。ただ彼らのやってきた売春行為に対して別に俺は異論は無かった。小春というか乳子自身特段異論のないのは…幾度も身体を重ねてわかっていた、と俺は思っているが、どうしても奔放に生きてしまう人間は居る…。善吉は言った。「努力ってどういうレベルの事なのか僕にはわからないよ…僕が高校の時くらいからさあ、帰ってくると小春が居て、ついでに知らない男も居るんだよ、僕が兄だって言っても信じないで小春をヤリマン扱いする奴も居てさ…まあ実際とんでもないヤリマンなんだけどなこの牝牛は、馬鹿牛、死ねよって何度も思ったよ」善吉は暴言に似合わずまた優しく乳子を小突いた。「この牝牛がそうやって常に男を連れてきて、僕は揉める羽目になる、でも僕もこいつで小5くらいから射精してきたクチだから文句は言えないんだけど、中には本当にこいつを好きになっちゃうやつも居てさ」

小春は下着で居るのが落ち着かないらしくいつの間にか裸になっていた。そのぴんと立った薄い色の、乳房の大きさに比例してやたらと乳輪のでかい牛じみた乳首を善吉はきゅっと抓った。小春は声なき声をあげるとうっとりした様子で善吉と俺たちとを交互に見つめた。「こいつを本気で好きになっちゃう奴はさ、小春を連れて行っちゃうんだ、いや、いいんだよ僕はそいつが本当に小春を好きならね、小春の…男と見境なくやっちゃうとこを含めて許して愛してくれる奴なら僕はいいんだ、食費も減るし」そして皆の見ている前で乳首を弄び始めた。乳子は身体をうねらせて息を荒くし、こっちを見て微笑んでいた。「こいつは本当に牛に似てるよ、嫌だとは言わないんだ、拒絶しないんだ、食う事と男が身体に入ってくるのを待ってるんだよいつも、食べ物やちんぽを取り込むのが性に合ってるんだ、でもさ、男はそうじゃない、こいつに惚れた男がこいつを…攫って行ってさ、はじめてそういうことが起きたときには僕も驚いたけど、ひと月位すると小春はこの部屋に戻されてたりするんだよ、しかも」小春は両乳首を善吉に引っ張られて悶えていた。女の匂いがあたりに広がって俺は次第に勃起していた。「やっぱこっぴどく殴られたりしててさ、たぶん、他の男とやってるとこを見て、小春に惚れてたやつはそれが許せなくなるんだよ、作業所で起こったことと同じだよ」善吉は小春をぎゅっと抱きしめた。次の瞬間兄妹は生々しく口づけした。しばし唾液と舌絡み合う音だけが部屋に響いた。善吉は妹からそっと唇を離すと言った。「…そんなことになるくらいなら僕が小春を管理して、売春させたほうがいいなって思ったんだよ…」兄の善吉が話す間、愛撫を急にやめられた乳子は不満そうにしてこっちに手を振り始めた。これが彼女なりの手招きらしいと俺もようやく理解した、善吉が頷いたので俺らは以心伝心といった体で何の抵抗も無く服を下だけ脱いで勃起したペニスを小春に代わる代わるにしゃぶらせた。小春は喉の奥で何らかの空気音を発しながらそれを受け入れ、美味そうに吸い、別の誰かがこの牝牛を後ろから貫いていた。俺はあえなく射精した。牝牛はそれをうまそうに飲んだ。それが小春…乳子との最後の逢瀬だった。

翌週、河原に行っても善吉も乳子も来ないので連絡してみると小春は居なくなったらしい。部屋に行くと善吉が一人ぽつねんと突っ立っていた。「貯金も全部なくなってる…」おい、これはもう窃盗じゃないかと俺は言いたかったが今までの事が露見したら『軽度知的障害の実妹を長年売春させて輪姦させていた、その実態は集団暴行である』というキャッチコピー的事実も必然的に紐づいてくる。第一に小春の名前だけで過去の施設輪姦事件が芋づる式に露呈して、そこからどうやって生活していたのかをまず詮議されるだろう。貯金も…肉体労働で貯めたとは思えないほどの金額に達していたらしい。たぶん兄の善吉のふりをした誰かが、彼自身の身分証明書やハンコ、そして小春を連れて銀行で直接金を引き下ろしたのだろう…ありとあらゆる問いかけに対して拒むことを知らない小春は銀行員の質問にも頷いたのだろう。兄と来たという事を聞かれても頷いたのだろう…部屋にはもう乳子の衣類は無くなっていた。善吉が仕事に言っている間に持って行ったか夜逃げまがいの引っ越し屋に頼んで片付けたのだろう。これをやった人物がスズキであることは火を見るより明らかだった。

ほどなくして、乳子の事が妻にばれてスズキが離婚したらしいと善吉から俺は伝え聞いた。善吉は…庶民にしては大層な金額を盗られているにも関わらずスズキを特段責めなかった。

「確かにあれは小春が稼いだ金だからね、僕じゃ稼げない、二人が幸せならそれでいいんだ、慰謝料とか養育費とか博士号までの学費とか要るだろうし…あいつが小春に…売春させててもいいんだ、あの男も一見人当たりが良いから客を捕まえて小春にあてがうかもしれないね、もしかしたら今まで以上の高給取りになってるかもなああの牝牛は!何にせよ小春に沢山の食い物と沢山のちんぽが必要だってことを理解してくれていれば…僕はそれでいい」

そう言って寂しげに笑う善吉は何だかその名の通り善人めいて見えた。

善き羊飼いならぬ善き牛飼いである心優しい客引きと、人を憎むことを知らない無垢な心の売春婦…朝の川でしばらくの間俺は善吉とゴミ拾いをした。

「僕たちは昔からここに住んでてさあ、この河原でもよく遊んだよ、だから生まれ育った場所を綺麗にしておきたくってたまにゴミ拾いしてたんだ」

おいおいまじかよほんとにゴミ拾いしてたのかよお前みたいな金髪が?もしかしてクジラのことも案外本気で言ってたのか?…人は見た目じゃわからない。他の男どもは乳子の不在に散り散りになっていた。当たり前と言えば当たり前だがみんなは乳子の爆乳に興味があり、誰もゴミ拾いなんかには興味が無かったのだ。…季節が変わり、いつの間にか善吉も来なくなった。一人で大丈夫だろうかとも思うが…妹であり売春婦を失ったあの客引き兼兄貴に余計なお節介をするほどこちらも身体の自由が利くわけでもないので仕方なしに、乳子と善吉を心の何処かで待ちわびながら今日も俺は一人で、客とゴミを拾っては移行させて過ごしているところだ。

※差別的な表現が見られますが差別的な意図はありませんご了承下さい。