ショートショート【まじない師の恋】

内側に光が在る、と気が付いたのは、呪い師の家に生まれた彼女が言葉を喋るよりも前だった。しかしこの光を…内側に果てしなく続く光の根源が、外部に表明可能で、しかもそれは即座に周囲をも変化させると気が付いたのはほんの三か月前だった。その時から彼女にとって世界はある程度、自分の内側の具現化の場となった。これがまじないというものの本質であると彼女は悟った。自分の喜びも、自分の怒りも…すぐに内部から外部へと浸透してゆく…その時に重要なのは内部に宿る強烈な光だった。この光をいかに見つめていられるかが、呪い師であるか否かの差であった。祖母は魔除けの香を焚きながら言った。

「光を見つめていられればどんな時にもお前のやりたいように出来る、白人たちがやってきたときもあたしたちはそうしてきた、だから今もこの家が在るんだ…もし光を忘れてしまって居たら、あたしたちだって白人のようになっていたさ、中身がそっくりそのまま入れ替えられていただろうよ…外側に光を求めていたらそうなっていただろうさ」

彼女はその言葉を聞いて深く頷いた…決してどんな時にも光を忘れない、内部に在る光を…それから彼女は実に地道に仕事をこなした。傍目にはただの原住民の女、しかし土着の言葉でまじないをして里を守ったり、文字通り呪いをかけたり、名もなき神々を鎮めたりして過ごしていた。いつしか彼女は不可思議な感覚を得ていた。すべてが自分の内側からの延長であるように思え、内側と外側の差がかなり薄く感じられたのだ。鳥の鳴き声、動物の死骸、近所のいざこざ、男女の密会、子供の誕生から虫の死といったありとあらゆる全てと、自分の内側の光とが呼応し、一つの楽曲を奏でるように時は移っていった。そして光そのものの在る場では…つまり彼女の内側では最早、時間という感覚が消失していた。すべてはひとつであり、宇宙はさながら卵の中のようであった…彼女は何にも驚かなかった。しかしある時、村にやってきた男に彼女は一目で惚れてしまった。来る日も来る日も彼女はその男を考え続けた。

即座に彼女の作り出す外部世界というものがほころび始めた…それは瞬間的なものだった。果たして彼女がどこまでの世界を構築していたのかは定かではない…ただ、この集落を起点とした周囲数十キロに変化が見られた。

思っても見ないような場所で人が死に、地霊の声はかすれ、災害が起こり、鳥たちは狂ったように鳴き始め、人々は互いに「起こっていない事」を噂しはじめ互いを敵視し、極めつけに白人がやってきて皆に注射を打ち始め、口を布で覆うように命令した。村人の中には呪術の力を恐れずに彼女に直訴しに来るものもあった。

「あんたがしっかりしていないから白人共にいいようにされている、あんたがこの村や、霊と話したり、鎮魂していた時には世界はもっと穏やかで、世界はもっと鮮やかだった、あの時は空は今よりも深い色をしていたし夕日は今よりも熱い光を出していた…あんたは軸を失っちまった、あんたはこの村や、自分の接する外部の世界がどうでもいいと思ってしまったんだろう?何故なんだ?」

祖母が代わりに答えて言った。「恋だよ」

魔除けの香はいかにも形だけ焚かれており、今やすべてが茶番じみていた。薄暗い木造家屋の中で彼女は力なく泣いていた。涙は土間の土の上に落ちて吸い込まれていった。今や四六時中男を想っていた。何度やめようと思っても無駄な事だった。一見平気そうな顔をしていても、心は日に幾度も、男の所へ赴いてしまうのだった。外側へ飛んで行ってしまうのだった。今、男が何をしているのか、男ともっと早く出会う方法が在ったはずなのに何故自分はそれを見出せなかったのか…彼女の心の内側はすっかり、客観的時間に支配されていた。光はまだ在った…彼女はその光を手で掴むと立ち上がった。誰も止めることは出来なかった。

その時に何が起こったのかを説明できるものは居ない。ついに彼女は主観的時間の中へ、その存在ごと消え失せたのだった…。老婆は瞬間的に孫という存在そのものを失い、村を守る役目が「ふたたび」自分に回ってきたことを本能的に訝しみつつも静かに呪術を行った。その日の晩、月の無い暗い夜に村はずれで一人の男が死んでいた。老婆は内側の光の中で…究極の主観的時間の中で、何やらよく見知った女と、死んだ男とが仲睦まじく暮らしている光景を漫然と見つめていた。何故これが外部に顕在化しないのかと問いかけたが答えは無かった。まじないの本質を理解してからたった三月でその力を使い果たし、世界から存在ごと消えた女の祖母であった老婆は…それから三か月後に息を引き取り、村を現実化させている意識が途絶えたために…この集落は疫病対策による失職がもとで住民が離散し、あえなくこの世界から、消え失せたのだった。