ショートショート

【自作短編小説】

ショートショート【「預言者イザヤと同じほど賢いのだわ」】

青年は問いを振られたが答えなかった…答えられなかった。この堂々たる老婆に、まさか廊下で従弟たちと話したように、裸になって一晩外で過ごしたらどうか?等とは言えなかった。第一にこの老令嬢にはそれを受け止めるべき紳士のお相手も当然居ないのだ。さらに孤独になれとは到底言えなかった。
【自作短編小説】

ショートショート【オカルト話】

『君は我々の世界にイエスキリストが居なかったと思うか?それとも居たと思うか?あるいは…まだイエスキリストは生まれてさえ、存在さえしておらず、これから生まれてくると思うか?』
【自作短編小説】

ショートショート【『珈琲代にでもしてください!』】

社畜だろうが奴隷根性だろうが構わない。俺はそれでいいんだ、これでいいし、これが俺の生き方なんだ。これが俺なりに出来る世界の支え方なんだ。俺は胸に熱いものがこみ上げてくる中、地震でぶっ壊れたインフラ網の修繕係と成るべく、終電間近の電車に乗って湾岸部まで…嬉々として赴いたのだった。
【自作短編小説】

ショートショート【水晶の峰々】

「夢の中でわたし、蝙蝠になって飛んでいたの、でも殺されそうになって…あのまま殺されていたら…」
【自作短編小説】

ショートショート【まじない師の恋】

ついに彼女は主観的時間の中へ消え失せたのだった…。老婆は瞬間的に孫を失い、村を守る役目が「ふたたび」自分に回ってきたことを本能的に訝しみつつも静かに呪術を行った。その日の晩、月の無い暗い夜に村はずれで一人の男が死んだ。老婆は内側の光の中で…究極の主観的時間の中で、何やらよく見知った女と、男とが仲睦まじく暮らしている光景を漫然と見つめていた。
【自作短編小説】

ショートショート【アマチュア】

その後何が起こったのかは誰にもわからない…ただ一つ言えるのは、男が、ついに絵筆を折ろうと決意したその日の朝、輝くような秋晴れの陽光を受けながら、全く唐突にアマチュア画家老人が住宅街とドブ川の暗渠の間の椅子から立ち上がり、男に微笑みかけ、完成した絵を見せたのだった。
【自作短編小説】

ショートショート【小さな虫の一生】

「どうか明日は、次の朝目覚める時、あるいは次の朝子孫が目覚める時には、約束の地にたどり着けますように」 およそ全ての生き物がこの、祈りとも願いともつかぬ欲求を抱いて一生を終えるのを、小さな虫である彼は無意識のうちに悟ったのだった。
【自作短編小説】

ショートショート【S子の膀胱】

便座から立つと、血尿が床に滴るのも構わずにS子は自分の部屋のふすまを思いっきり開け閉めした、白髪が目にかかったが、まるでそれすら他者であるかのように払いのけ、S子は気の狂ったように小さな畳敷きの我が部屋の戸を散々に開け閉めして音を出した。
【自作短編小説】

ショートショート【聖女の嘘】

翌週から爆撃が開始され、病院は…この看護修道女の隠しておいた骸骨の聖母の素描もろとも跡形もなく焼き払われた。
【自作短編小説】

ショートショート【空から落ちてきた名前】

紺碧の空を行く旅人は大きな荷物を抱えていたが疲れのせいかその鞄の紐が緩んでいた。あっ…と思ったときにはこれから名付けるべき名前たちが小さな銀の鈴の音を立てながら雪のように鞄から舞い落ちてしまった。